nicconohaha’s diary

更年期、うつ、読んだ本、自己分析、ASD/ADHD、子育てについて書いてます。

WAIS-Ⅲで115。ASD/ADHDとの関係と生きにくさ。

46歳、子育て中の母。人様が読んでも特におもしろみのないことを書きます。将来の私のための備忘録と、消化不良を起こした脳みそを助けるためのうんこのような記事です。

 

タイトルにもある通り、私は自分自身の発達障害を疑ってます。もうね、いろんなことがうまくいかなさすぎなのよ。

 

そいで、10代の学校生活や20代で社会に出てからのこと、30代で結婚出産し、40代で起業を思い立った後のことを思い返しても、発達障害だと思えば納得のいくことばかり。

 

さらにいまは双極性障害もちょっと疑ってます。(それは飛躍しすぎとしても)

 

WAIS-Ⅲ(2019年)の結果はIQ115

IQテストの結果は正常だったけど毎日疲れてた

わたしね、実は発達に関するIQテストを1度受けたことがあるんです。その結果は正常でした。

 

言語性 117

動作性 109

全検査 115

 

全体的な知的水準は「平均の上」の範囲で全体的に高い水準と出たんです。項目によっては多少の際はあるけれども特に大きな有意差ではない、とのこと。

 

でも、うつのような状態になって思うのは、やっぱり「普通」を保つために相当疲れていたんだなということ。

 

突出した部分的な能力と、極端に凹んでいる部分の能力をどうにか均そうとしていたんだと。言語能力が高いがゆえに、自分の「わからなさ」をどうにかわかりたいと思い、そこにほとんどのエネルギーを費やしていたんだと思う。

 

ASD/ADHDとつながるのは、「わからなさ」をスルーできずにそこにフォーカスして考え続けてしまうこと。何時間も何日も考え続けてしまうんだ、これが。

 

「ま、いっか」と思えればいいものを、過集中だったり不安感が強かったりして自分の力では抜け出せなかった。

 

あとは過去に空気を読めずに痛い目に遭った事も多々あったので、「同じ目に遭いたくない。だからここで原因を追究して同じ目に遭わないように対策しなきゃ!」というのもあります。

 

過集中と不安感と同じ目に遭いたくない気持ち(『成長したい』の裏返し)を抱えながらの子育てと家事。そして共感能力が著しく低い夫。

 

これらが複雑に絡み合ってわたしの今の無気力状態が生成されたんだな。というのが今の着地点。

 

WAIS-Ⅲをうけたきっかけ

2019年にWAIS-Ⅲを受けたんですが、補足としてテストを受けたきっかけを書いておきます。

 

わたし、子ども2人目を妊娠した2017年は精神的にギリギリだったんです。

2人目妊娠中に「精神科に通いたい」と産婦人科で妊婦検診の時に自己申告したの。

1人目の子どももASDですっごく手がかかっていたし、夫は生粋の理系で情緒のやり取りがまったくなく(2024年の今もだけど)。

さらに母が認知症になり障害者である私の兄弟2人の面倒を見れなくなり、明らかにADHDである頭のおかしい父親のせいで家庭は崩壊していて…。

 

その面倒を見ていたのと、さらに機能不全家族育ちの私にはトラウマがたくさんあって。(って書いてるだけでどんよりするね。)

 

で、妊婦検診の時の保健師さんとの面談の時にこう言ったんです。

「2人目が生まれたらベランダから投げるかも知れない。どこでもいいから精神科を紹介してください」と。

 

で、出産後に精神科に通院し、通院し始めて1年ぐらい経ってWAIS-Ⅲを受けました。

 

受けた理由は流れです。特に理由もなく医師が「やってみる?」というので、好奇心旺盛の私は「受けます!」と即答。

 

で、結果がIQ115。

 

なんか、この結果は私にとっては残念に感じたよね。「頭がいいのになんだ、この苦しさは」「勉強すれば幸せになれるって思ってたのに、IQ高くても全然幸せじゃないじゃん。どうすりゃいいのよ」って思ったよ。

 

特に嬉しい結果ではなかったんだ。

身内にはもっと頭がいい人がたくさんいたからね。悲しかったよ、なんだか。

 

自分がASDなんじゃないかって思うこと

①とにかく空気が読めなった10代20代

まあ、女友達いないよね。暗黙の了解とか空気を読むとか根回しとか全く理解できなかった。見えてなかった。他人の表情を読めなかった。

 

例えば話してる相手が共感を求めているのもわからなかったし、怒っている、あきれている、ドン引きしている、そういうのがまったくわからなかった。というか思い出そうとしても誰の顔も思い出せない。

きっとわたしは誰に顔も見ていなかったんだろうと思う。

 

そんな10代女子に女友達ができるはずもなく。

いじめられていた可能性も残しつつ(だって気づいてないからわからない)、いつの間にかわたしはひとりぼっちで。

 

思い出すと胸がチクッとする寂しさ悲しみもあるけど、学校を休むほどの孤独感は感じたことはなく、人権を侵害されるような経験も特になかった。

 

数人、面倒見のいい優しい女子がいてトイレに行く時に「○○ちゃん、一緒にトイレ行こ」と何回か誘ってくれたんだけど、「いや、別に今は行きたくないし」と何回か断っているとついに誘われなくなった。

 

あれが優しさや気遣い、共同体をつくるためのルールだったんだと気づいたのは40歳を超えてから。遅すぎだよね。

 

②他人と目を合わせるのがニガテ

人見知りとか内気ってわけじゃないんだけど、人と目を合わせる必要性がわからなかったから目を合わせなかっただけ。

育った家庭も機能不全だったから目を合わせて穏やかに会話するなんて経験は皆無。

 

たぶんアルバイトを始めて誰かに注意されたんだと思う。「人と話すときは目を合わせるものなんだよ」と優しく諭された気がする。

 

まあ、その後、「見過ぎ」と言われて混乱したことも書いておく。

 

③「しゃべらなければかわいい」と言われる10代20代

そう。わたし、自分で言うのもなんですが顔が可愛かったんです。ド田舎に住んでたんですが顔はいつも褒められた。

 

「かわいいとなんか得するのか?」と思っただけで特に嬉しいとか優越感は皆無。メイクやおしゃれも全く興味なし。

 

その後、高校に入り外を出歩くようになり大学に入りコンパしたり、夜のお仕事をするようになってよく言われたのが冒頭の言葉。

「しゃべらなければかわいい」

「お願いだからだまって」

「3分でいいから静かにして」

 

よく言われた。

 

あ、いま思い出したんですが、中学の時に通っていた塾で、あまりにも多弁(おしゃべりすぎ)て先生に頭を殴られた(笑)

 

どんなに口頭で注意されてもおしゃべりを止められなかったんです、私。殴ってくれてありがとう、先生。あれで目が覚めました。

 

でもね、それ、落ちこぼれクラスじゃなくて1番成績がいいクラスだったんだよ。しかもその中でもトップ3に入る頭脳の持ち主でした。

 

恥ずかしいよね。

 

④とにかく女子トークは難しい

女子トークってさ、ほんとに難しいんだよ、私にとって。なんでみんな理解できるの?って思う。

 

  • 話題がころころ変わる
  • 「あれ」「それ」が何を指してるのかわからない
  • 表情が読めん
  • 共感ポイントがわからん
  • アドバイスしてしまったり
  • 「で、結局どうなったの?」と言ってしまう
  • 追求ポイントが他の人と違い、話の骨を折ってしまう
  • 水を差す
  • 爆弾落とす

楽しい振りや作り笑顔もできないから無表情になり、そして周りから人が去っていくという循環。

 

というわけで女友達いない。男友達もいないけど。

ひとつ覚えているのは「あなたの言葉には温かみがない」と言われたこと。ポカーンでした。温かみって何?

 

でもどうやらあった方がいい物らしい。お金で買えるなら買いたい。温かみ。

 

⑤間取り図を書くのに連日10~16時間没頭

40代になって家を買うことになった。

で、自分ちの間取りを書くのに16時間も没頭してたことがあった。おかしいよね。でも書いてる本人は平気で、ほとんど飲まず食わずなんでした。

 

たまたま担当の設計士さんが頼りなく、「こりゃ自分でやった方がいいな」ということで、インテリアや家事導線や方角や方位に関する書籍やyoutubeを読み漁っていました。

で、5日間ぐらい最長16時間も間取り図を何度も何度も書き直していたんです。

疲れてることに気づかず。

そういえば育児に夢中で脱水症状が表れたこともあったなあ。

 

ADHDも同じくらいあるよねと思うこと

①「話聞いてないよね」と3億回ぐらい言われてる

「話聞いてないよね」と3億回ぐらい言われてます。これは子供の時も思春期も先生にも彼氏にも。

もちろんおばあちゃんにも友達にも上司にも、そして夫や子供、ママ友にも。

 

一生懸命聞いてるし、理解しようと努力してるんですが、気を抜くと一瞬でパッと他のとこに意識が飛ぶ。

視線も飛ぶし思考も飛ぶ。

で、ハタと気づいて戻った時にはすでに遅し。

 

途中聞いてなかったから、戻った時には離脱。何の話してたっけ?ってなる。みんなごめんね。

そうそう、これをやらないために私はエネルギーを大量に使っているんだと思う。だから人に会いたくないし、孤独がツラいとかもあんまりないのかも。

 

「つまんないから聞けないんだよ。もっとおもしろく話してよ」と思う私は性格が悪いんだろうか?

 

②多動、ケアレスミス、忘れ物、無くしもの、失言

これはカンタンに書きます。

なぜならここで書くほど珍しいものじゃないから。日常茶飯事過ぎて、文章が冗長、長文、駄文になる。

 

  • 絶対に忘れちゃいけない書類を忘れる
  • 役所の提出書類は何度確認しても押印忘れる。
  • シフト制の仕事をしていた時はうっかり間違えたこと多数
  • 失言が多く会議では意見を求めらない
  • 「だまっといて」と言われる
  • 言いにくいことを言わされる役は回ってくる
  • スマホは家の中で良く無くす
  • スマホは外出先で無くしはしないけど割る

人様の信頼を失うには十分な実績がある。悲しいよね。利用されているあたり、弱者だ。

 

③お金の使い方がおかしい?

計画的にお金が使えない。いつの間にか無くなってる。ブランド品とかは買わないのでムダ遣いをしている感覚がまったくない。

 

最近は数十冊の本、落として割れたスマホの買い替え(4回目)、不安感を落ち着かせるための防災用品、運動不足解消のためのエクササイズグッズなどを買った。

 

3か月で60万ぐらい消えた。

 

他に何に使ったんだろう…。

覚えてないし知りたくないし怖い。反省したいけど直視したくない。

 

無駄使いはしてないと思うけど、要するに計画性がないんだよね。怖いよ。

 

④体の距離感がおかしい

人との距離感は遠いんですが(人肌がニガテ)、物体との距離感がおかしい。しかも固定された物体。

 

座ってコップでお茶を飲む時。飲んだ後テーブルにコップを置く時にテーブルの面との距離がわからなくて、「ドン!!!」て大きな音を立てて置いたりする。

 

友人知人とおしゃれなカフェとかでお茶してる時にこれやるとマジで恥ずかしい。

これをやらないように気をつけることでまた、エネルギーを使うので帰宅後はグッタリだ。

 

あとは子供を抱っこしてドアを通る時、柱やドアとの距離がつかめず小さな息子の頭をぶつけたこと数回。しかもかなりの勢いで。

 

子どもをお風呂に入れたりお世話するときも力加減がわからない。

 

雨の日の夜、車を運転している時は地面がわからない。ライトが雨に濡れた地面に反射すると、もう全然わからない。空中を走っているような気分になる。

 

これはこれで怖い。そして疲れる。

⑤話してる途中に話してたことを忘れる

編集中です!

 

⑥独り言で自分で笑ってる。怖いよね。

 

 

 

⑦近所でも道に迷う

 

 

⑧TPOがわからない

 

 

 

⑨身だしなみに気をつかえない

 

 

 

⑩視界に入らないものは「無い」

 

 

⑪感覚過敏

 

⑫疲れていることに気づかない

 

 

今朝の反芻思考(友達と夫と弁当など)

おそらく5:30頃に目が覚めたんだと思う。まだ布団から出たくないと思ってモゾモゾしてる時の私の頭の中。

 

なぜ女友だちと会ってもまったく楽しくないのか?

だいたい5人で不定期に集まる5人。なんかつまんない5人なんだよね。(←失礼)

 

キライじゃないし楽しみたいんだけど、ぜんぜん楽しくないんだよ。それについて「なぜ楽しくないのか?」「改善策はなにか?」について反芻。要するに同じことをずっとぐるぐる考えてる。

こんなに楽しくないのは私がおかしいからなんじゃないかと思い始める。

 

なんと、友人4人のうち、3人がASD/ADHDなんじゃないかと思い始め、こう思う私の方が相当おかしいな、思い始めた。

 

何がおかしく何がおかしくないのか。狂気じみてない?

 

みんな普通の人のふりをして狂気(と思われる)の中を生きているのだろうか?

 

綱渡りみたいに?

 

 

夫は私と結婚生活を続ける気があるんだろうか?

私の反芻思考2つ目。

 

たぶん、夫は私のことを愛してるんだと思う。私のためだけに2000万円近くもかけて購入した家をリノベーションしてくれた。

 

毎月お金を入れてくれるし洗濯機もほとんど毎日回してくれる。

 

もちろん浮気もせず一応毎日家には帰ってくる。

私が風邪を引いたら雑炊やうどんを作ってくれる。

 

でもふと思う。

「この人は私と結婚生活を続ける気があるんだろうか?」と。多分続けたいんだろう。

 

大げんかしたときに「子ども達が18歳になったら離婚してやる!」みたいなことを言っていたけど、それは実現しないことはわかる。

 

離婚して孤独で寂しく死んで行くのは彼の方だ。たぶん。そうであってほしい。(というナゾの1人マウンティング)。

 

おー。夫は私よりアホで孤独で世間知らずであって欲しいっていう自分の欲望が今。初めて垣間見えた。恐ろしいと同時に「アウトプットの威力」に感心する。

 

また話がそれそうなので、ナゾの1人マウンティング(夫を見下したい病)は後々、くわしく考察するとして。

 

「子ども達が18歳になったら離婚してやる!」と言ってしまう夫は、ただただ言葉を持っていないだけなんだよね。

 

そもそも自分の気持ちや言語化が上手じゃないから、わたしが言葉で追い詰めて追い詰めて「子ども達が18歳になったら離婚してやる!」になってしまうんだ。

 

それはわかるんだけど、かといって、これまで受けてきた仕打ちを忘れて今すぐラブラブに戻れって言われたってそれは不可能だ。

 

頭ではわかるんだ。過去のことは水に流してやり直せばいいんだと。私が変われば夫も見る見るうちに変わって行くんだと。

 

でもできなくて困ってる。

 

今日、子ども達に持たせるお弁当

 

昨晩眠る前にホワイトボードに書いておけばよかった。書かなかったばかりに入れる予定の4品を何度も何度も頭の中で繰り返してしまう。

 

これでまた朝から布団の中でウィルパワーを消費してしまうのだ。

 

疲れるよね。

 

カラオケパブをはしごしたい

飲食店を開業する予定のお友だちがいるので、彼女のために一緒にカラオケパブをはしごしようか?っていうのをここしばらく何度も考えちゃう。

 

喜んでくれるだろうか?

おせっかいじゃないだろうか?

お金はどれぐらいかかるだろうか?

カラオケを歌ってくれるだろうか?

他に誰か誘った方がいいだろうか?

そもそも、2人とも低学年の子供がいるのに、夜2人抜けることがどうやったら可能になるだろうか?

 

からの、「男は自由だよな。自由に飲み歩きやがって許せない」を経過して夫のことを考えてしまうんだろうか?

 

今朝の反芻思考

・女友だちと会っても全然楽しくない

・夫の言語能力の低さはどうにかならないものか?いったい何をどうやったら夫の言動を良い方向に解釈できるのだろう?

・今朝のお弁当のメニューと段取り

・カラオケパブをはしごしたい

 

主にこの4つを頭の中でグルグル考えてた。

 

今日の気づき

こうして文章に見える化するだけで頭がかなりスッキリする。しかもタイピングというのがいい。

 

岡田斗司夫ちゃんは「モーニングノートは絶対に手書きで。思考のスピード遅くするのが大事だからとにかくと手書き」と言ってて。私はそれを忠実に守っていたんだけど反芻思考がツラい場合はタイピングの方がいい。

 

手書きだと、溢れる思考に追い付かないんだ、うん。だいぶスッキリした!

 

MBTI診断を2年で2回。ENFPがINTPに。どっちにしろ少数派。

MBTI診断でENFPとINTP

2022年頃。とあるコーチがPodcastか何かでMBTIについて話していたので無料ネット診断をやってみた。

 

MBTI診断。初回2022年ごろはENFP

SNS集客をしていた頃、広報運動家

初回は2022年頃。その時の診断結果はENFP、広報運動家。他に『運動家』と言ったりする。A:自己主張型かT:慎重型かは覚えていない。

 

その時は個人事業主として意気揚々とやっていた頃でブログはたまに、そしてSNS集客を積極的に行っていた時期だ。

 

なるほど。確かに広報運動家だね。

 

ENFPの特徴

2022年ごろの私は、診断によるとこんな感じだったらしい。

  1. コミュニケーション能力が高い
  2. 協調性が高い
  3. 好奇心が旺盛
  4. 観察力がある
  5. 1つのことに熱中できる

うん、納得。だって女性向けに専門的な知識をお伝えして集客しようとしていたんだから。

 

2024年4月はINTP

自己分析をやり過ぎてINTPになったんだと思う

ふと、もう一度やってみたいと思った2年後の2024年。そう、うつから抜けつつある今だ。

 

今年の1月にソースのスタディキットを5日間かけてみっちりして、出た答えがすばらしいものだったので、自己分析って楽しい――――♪もっと知りたい!他の診断ぽいのもやってみよう。

 

自分のことを知りたい!って思って沼にはまってしまったんだよね。

 

で、出た結果がINTP。

 

INTPの特徴

INTPは論理学者型。

知的好奇心旺盛で柔軟な発想力がある、らしい。

 

他人とのコミュニケーションでは論理を重視して議論するのを好むらしいけど、今は誰にも会いたくないし、なんなら話したくもない。(でもきっと、同じ専門知識がある方とならすっごく饒舌に情熱的に、嬉々として語り合えると思う)

 

INTPは型破りな発想を持っていて、新しいアイデアを生み出せる。さらに1日中物事を考え続けられるタイプ、なんだって。

 

いや、だから。だからうつになったんだってば。

 

躁うつってことなんじゃないのと

ENFPとINTPを見ていて思った。躁うつ?

こんなに違うENFPとINTPの特徴を見ていて思った。躁うつ病みたいなものなんじゃないかと。

 

ネットの無料診断なので真偽のほどは疑わしいので100歩譲ったとしても、別にこの結果が間違っているわけじゃない。

 

診断結果は確かにどっちもわたしなのだ。うそ偽りないわたし。「そうだよね」って納得感もある。

 

で、なんでこんなに結果が違うんだろう、って思ったときに「「あれ?もしかして躁うつ?双極性障害?って思ったりした。

 

そういえば12月から4月にかけてお買い物で50万ぐらい使っている。思い出したとき、ゾッとした。何に使ったのかうろ覚えなのだ。50万だよ、50万。

 

大きな買い物としてはファッション診断、45,000円。その直後にお洋服を18,000円分。(シャツ2枚とボトムス2枚)

防災グッズを50,000円分ほど。

エアロバイクも買った。

あとは本と。

そしてうつで食事作りが負担になったので親子3人でよく外食をした。

 

それにしても、50万も使っているのに記憶が無いのがゾッとする。とりあえず、ブランド品などを買っていないのが救いだ。

 

この50万円のお買い物は躁の傾向が出ていたのかな?本当の躁に比べれば借金もしてないし破滅的ではないとしても、ちょっと気をつけよう。だんだんひどくなるかも知れない。

 

女性のENFPとINTP。どっちにしろ少数派

わたしは子育てをするごくごく普通の主婦なんだけど、女性のENFPもINTPも少数派。

 

ご参考⇩ 英語ですが図を見ればなんとなくわかります。

careerassessmentsite.com

だから女友達できない。親友と呼べる人もいない。

 

弱みを見せられるお友だちもいない。グチを聴いてもらいたい人もいない。

ただ、共感力が薄かったり、人と人間関係を構築するための努力がニガテな自覚はある。

 

年賀状だとかちょっとしたことを連絡することだとか、誰かの子供の名前や誕生日を覚えることだとか。

 

そういうのをすることに負担を感じる。とても。

 

とくに寂しいとも思わない。

人間として何か欠陥があるんじゃないかと思う時もある。

人様に迷惑かけていないかと心配になる。

誰かに寂しい思いをさせてしまっているんじゃないかと思う。

こんな私でいいですか?と許可を得たい時もある。

 

だけど、やっぱり1人の時間が好きなんだよね。

 

誰かにグチを聞いてもらうことに抵抗があるから、こうして文章を書くことで発散しようとしている。

 

発散できているかと言えばあまり成功している感じもしない。

 

やっぱり誰かと話して手を叩きながら爆笑したり、涙が出るほど笑ったりしたい。

 

それは寂しさの解消というよりは、滞ったエネルギーの発散て感じ。

 

あ、そのスタンスで行けばいいのか。エネルギーを発散する、循環させる、動かす。滞りを解消する。

 

そうか。ムリに「共感しよう」「いい人でいよう」「傾聴しよう」って思わずに、エネルギーの粒子の動きに注意しようって思った方がいいのかも。

 

ふむふむ。

 

おもしろいぞ。

 

MBTI診断を2年で2回。ENFPがINTPに。どっちにしろ少数派。

 

「MBTI診断を2年で2回。ENFPがINTPに。どっちにしろ少数派。」についてアウトプットしてみた。

 

書いた所でなにが正解なのかわからない。何のために書いているのかっていったら、自分がスッキリしたくて書いたんだけど、結局のところ全くスッキリしなかった。

 

来月は友達を誘って飲みに行こう。誰かに会って話してエネルギーを合わせること。これが今のわたしにとって最重要項目だってことがわかった。

 

少数派の私につき合ってくれる友達。ありがとう。

反芻思考は本当にしんどい

反芻思考は本当にしんどい

反芻思考→同じことを何度も考えてしまうこと。これって誰にでもあると思う。

 

誰でもあると思うのに、どうして私はこんなにしんどいんだろうって思ったとき。要するに「自分で止められない」のがツラいんだよね。

 

どんなに「考えてもしょうがない。切り替えよう」って思っても気が付くと同じことを考えている。

 

さらに、「もうどれぐらいの時間、同じことを考えているのか」について、全く見当つかないことにさらにへこむ。

 

2分かも知れないし20分かも知れない。

 

夕食後に皿洗いをしている時、洗濯物を干している時、読んでいた本を手に持っていて全く頭に入ってこない時、いつの間にか空を視線が指していて本の内容と全く違うことを考えている。

 

「あー、またやってしまった」とへこむ。

 

そして疲れ切っている。

 

エネルギーをどこで消耗しているのかわからないので、「自己管理できてないな」とさらにへこむ。

 

反芻思考でエネルギーを消耗しているのか、凹むことで消耗しているのか。きっとどっちもだろう。

 

で、ふと思ったんだけどこれってきっとASDの特性だよな、って思ったりする。さらに遊走するのでADHDの混ざり具合が絶妙だ。

 

1つのことを深く考えているわけではないので思考は深まらないし論理的に考えているわけでもない。もちろん何かが解決するわけでもない。

 

遊走しているのでただの連想ゲームだったりするし、さんざん考えた後にたどり着くのは最初に思い浮かんだネタだったりする。

 

その時はそれにすら気が付かない。

 

疲れるのにやめられない。だから私のエネルギーはどんどん消耗されていく。こんなにしんどい事やめたい。

 

きっと暇なんだろうって思うけど

こんなにやめられない。自分で止めることができない。

考えてしまう。

 

どうしてこうなっちゃんだろうって思ったけど、結局のところ暇なんだろうって思った。他にやりたいことがあれば、他にしなければならないことがあれば止めることができるんじゃないかって思う。

 

先日、流れてきたカサンドラ症候群のネット記事が頭に浮かんだ。

 

それはカサンドラ症候群についての記事についたどなたかのコメント。記事、というか「カサンドラ症候群」に対する否定的なコメントだった。

 

カサンドラでつらいって言ってるのって、結局ひまな主婦だけでしょ。働いていて忙しい女性がカサンドラって言ってるの、聞いたことない。」と。

 

なるほど、一理ある。

 

結局、わたしは暇なんだろうって思う。他にやりたいことがあってそこに時間をかけたいと切実に願っているんだけど、家で1人きりで誰かに強制されることもない。

 

だからつい反芻思考してしまって疲れ切り、やりたいことがやれなくなってしまう。悪循環だよね。

 

歩いている時もやってしまうんだよね

そうそう、わたし、歩いている時にも思考がどっかに行っちゃって車に轢かれそうになったことが2度ある。

 

しかも1度は4歳ぐらいの子供の手を引いているとき。「これは本当に危ない」って思って極力歩くのを控えたこともあった。(その時の子どもは本当に多動で外出するだけで疲れ切っていた)

 

あとは、運転中に赤信号を無視して右折したこともある。あの時もまったく別のことを考えていた。道にちょっと迷って「どこで曲がればいいんだっけ?」と考えながら一瞬、全く違うことが頭に入ってきたように思う。

 

それは「こんなに何度も通っているハズの道で迷ってしまう自分で本当にダメだ」「なんでわからないんだろう。そう言えばあの時も…」って別のことが頭に浮かんでしまったんだった。

 

危ないよね。

止めたいんだよ、切実に。

 

ASD/ADHDなのかな?

書いてきたこの記事をざっと読みとおしたとき、少しだけ客観的になることができたそして思った。

 

わたしってASD/ADHDなのかな?

 

止めたいのに止められない

轢かれそうになってもやってしまう。

 

これって人口の何%ぐらいの人がやってしまうことなんだろう。知りたい。切実に。

 

異常なら異常でいいから診断されて思考を止めるお薬でも処方されたい物だ。心と体に負担がかかって日常にも支障をきたしているって思うよ。うん。

 

反芻思考で怒りは増幅していく

反芻思考で怒りは増幅していく。それがまたキツイ。体に負担がかかっているんだろうなと自覚がある。

 

私の怒りはだいたいが夫に対するもので、「あの時ああ言われた。こう言われた。」という小さな「チクっ」が怒りになり、反芻思考で増幅してしまいには憎しみや恨みに変わっている。

 

これは恐ろしいことだ。

 

恨みや憎しみが心に現れると、背中や腕が緊張し、呼吸が浅くなる。きっと顔も怒りの形相になっていることだろう。

 

一昨日ぐらいも夕食後に皿洗いをしながら、夫への不満が怒りに変わり最後には恨みに変わっていた。しかも何か月も(もしかしたら何年も)前のことだったはずなのに。

 

子ども達から見たら、

特に悪いことしてないし何も言ってないし、宿題もしてお風呂にも入ったのに母ちゃんが怖い顔になっている。機嫌が悪い。

ということになっている。

 

怖いよね。ごめんね、子ども達。

 

って思ってさらにへこむ。てか自己嫌悪。

 

反芻思考は本当にしんどい

反芻思考は本当にしんどい。これをやっと頭の外に出す事ができた。ちょっとはスッキリしたよ。

 

わたしは自分で自分に二本目の矢、三本目の矢を放っていたんだよね。

 

と、この本を読んでいて気が付いた。

「反芻思考は本当にしんどい」というのもこの本の小見出しだった気がする。

 

 

反芻思考のしんどさをわかってくれる人がいた!と明るい気持ちになった。そして「この本が助けてくれるのかも!」とも。

 

まだその続きは読んでいないんだけど。(読もうと思ったら『百冊で耕す』がamazonから届いたので先にそっちを読みました)

 

で、『百冊で耕す』を読み終えたので、とりあえずこの記事を書いてアウトプットして頭の中のキャッシュの削除をして、「無 最高の状態」に戻ろうかなと思う。

 

反芻思考を止める方法が見つかりますように!

 

今の私が1番望んでいた、心の底から欲しがっていたものは「守られている」という実感だ

今の私が1番望んでいた、心の底から欲しがっていたもの。

それは「守られている」という実感だった。

 

 

この本をオーディブルで聞いていて「守られている実感」というワードが心に飛び込んできた。

 

 

今の私って言うか、小さい頃から何年も何十年も守られている実感が欲しいと思っていたに違いない。

 

46歳になってようやく気が付いた。

 

「守られている」実感なんて、特別なことでも何でもなくこれまで何度も耳にしていた言葉だと思うんだけど、今、やっとで腑に落ちる。

 

愛着の形成がうまく行かなかったとか、見捨てられ不安があるとか(今は無くなったけど)、他人を信用していないとか、孤独が好きとか、自分についてある程度のことはわかっているつもりだった。

 

なのに「守られている」という実感が欲しかったなんて昨日までの私は知らなかったよ。

 

はーーー。

 

すんごい遠回り。

 

 

たぶん気づかないための何かしらのブロックがあったに違いない。

 

そのブロックが何かはわからないけど、このブロックが解除された理由はわかる気がする。

 

  • 夫のトリセツを読んだ事
  • 自分のASDの傾向への気づき
  • 母のASDの理解
  • ウサギの抱き枕

 

がきっかけというかクッションと言うか。

この1ヵ月の

  • 夫のトリセツを読んだ事
  • 自分のASDの傾向への気づき
  • 母のASDの理解
  • ウサギの抱き枕

が少しずつ私の「『守られている』と感じてはいけない」というマインドブロックを外側から崩していったんだと思う。

 

 

上の4つ+前向きな思考と「私は運がいい」という思い込みという下地があったおかげで心に飛び込んできた。

 

「守られている」という実感。

 

ここ数年追い求めてきた「つながっていると実感すれば安心できる」を見事に言い換えたワードだ。

 

わたし、「守らている」という実感が欲しかったんだね。

いままでお疲れ様。

 

よくがんばったね。

うつから抜けて動けるようになるまでもう少しだよ。

うつというか、うつっぽくなったと言った方が正しいかも知れない。

「うつというか、うつっぽくなったと言った方が正しいかも知れない。」について

 

心療内科でね、2回目に行ったときに抗不安薬とか抗うつ剤を処方されそうになったんだけど、

 

「いや、私はうつじゃない」と言うことをアピールするために言ったのは、

 

「心は前向きなんです。やりたいこともたくさんあります。ただ体が動かないんです」ということ。

 

あ、これ別の記事にも書いた気がする。

 

そう。

心は前向きなんだ、いつも。

 

いまの無気力で体が重い状態でもやりたいことあるし、将来はいい状態になっているのしか思い浮かばないし、読みたい本もたくさんある。

 

それだけ。

 

この状態で抗不安薬を飲むことに意義をどうしても感じられなくて。不安ないし。

 

ただストレスが多いだけ。

 

家事と育児と夫とのコミュニケーションの不通。

 

 

はーーーーー。

 

すごいストレスだ。

 

「守られている感覚」が欲しい。

最近読んだ何かの本に…。

 

 

あ、

『グッドライフ 幸せになるのに遅すぎることはない』に「守られている」という実感が大事ってあったんだっけ。

 

そうそう、それが無かったんだと気づいた。

 

「守られている」という実感を心底求めていたのに言語化できていなかったんだよな。

 

「守られている」という実感が欲しい、味わいたいと切に願っているんだと気づいた昨日。

 

そこに気づいた私、えらい。

生まれ変われる気がする。

 

うつから抜けるまでもう少しだ。

わたしのうつの原因はエネルギーの枯渇。これしかない。

うつというか、うつっぽくなったと言った方が正しいかも知れない。

けど、毎回「うつというか、うつっぽくなったと言った方が正しい」と書くのも面倒なのでうつと書くことにする。

 

 

で、今、思いつくわたしのうつの原因は以下の通り。

 

  • 自己探求、自己分析をやり過ぎる
  • 他者への関心が薄くなった
  • 思考が止まらない
  • 思考があちこちに飛んでしまう
  • アウトプットしなかった
  • 「考えること」に疲れているのに気づかない
  • 水分をとらずいつの間にか脱水になっている
  • 過集中でいつの間にか動けないほどに疲れている
  • 極度の運動不足

 

それでも1番に挙げた

自己探求、自己分析をやり過ぎる

を止められなかった。

 

だっておもしろかったんだもん。

 

きっかけはこのスタディキット。

 

自分を観察の対象にして観測し続け、他のいろんな分析ツールに手を出し、あれよあれよといつの間にか気力体力を失っていき、(それにも気づかず)、突然動けなくなった。

 

きっとASDの過集中のせい。

 

食欲も落ちた。

筋力も落ちた。

もちろん、思考力も落ちた。

 

 

1月から5月の間にに3キロ太り、体力は落ち、体も顔面もたるんだ。

 

 

はーーーーー。

 

このだらけ切ったカラダを元に戻すのにどれぐらいの期間がかかるのかと思うと、ちょっと憂うつになる。

 

46歳の初夏