nicconohaha’s diary

更年期、うつ、読んだ本、自己分析、ASD/ADHD、子育てについて書いてます。

反芻思考は本当にしんどい

反芻思考は本当にしんどい

反芻思考→同じことを何度も考えてしまうこと。これって誰にでもあると思う。

 

誰でもあると思うのに、どうして私はこんなにしんどいんだろうって思ったとき。要するに「自分で止められない」のがツラいんだよね。

 

どんなに「考えてもしょうがない。切り替えよう」って思っても気が付くと同じことを考えている。

 

さらに、「もうどれぐらいの時間、同じことを考えているのか」について、全く見当つかないことにさらにへこむ。

 

2分かも知れないし20分かも知れない。

 

夕食後に皿洗いをしている時、洗濯物を干している時、読んでいた本を手に持っていて全く頭に入ってこない時、いつの間にか空を視線が指していて本の内容と全く違うことを考えている。

 

「あー、またやってしまった」とへこむ。

 

そして疲れ切っている。

 

エネルギーをどこで消耗しているのかわからないので、「自己管理できてないな」とさらにへこむ。

 

反芻思考でエネルギーを消耗しているのか、凹むことで消耗しているのか。きっとどっちもだろう。

 

で、ふと思ったんだけどこれってきっとASDの特性だよな、って思ったりする。さらに遊走するのでADHDの混ざり具合が絶妙だ。

 

1つのことを深く考えているわけではないので思考は深まらないし論理的に考えているわけでもない。もちろん何かが解決するわけでもない。

 

遊走しているのでただの連想ゲームだったりするし、さんざん考えた後にたどり着くのは最初に思い浮かんだネタだったりする。

 

その時はそれにすら気が付かない。

 

疲れるのにやめられない。だから私のエネルギーはどんどん消耗されていく。こんなにしんどい事やめたい。

 

きっと暇なんだろうって思うけど

こんなにやめられない。自分で止めることができない。

考えてしまう。

 

どうしてこうなっちゃんだろうって思ったけど、結局のところ暇なんだろうって思った。他にやりたいことがあれば、他にしなければならないことがあれば止めることができるんじゃないかって思う。

 

先日、流れてきたカサンドラ症候群のネット記事が頭に浮かんだ。

 

それはカサンドラ症候群についての記事についたどなたかのコメント。記事、というか「カサンドラ症候群」に対する否定的なコメントだった。

 

カサンドラでつらいって言ってるのって、結局ひまな主婦だけでしょ。働いていて忙しい女性がカサンドラって言ってるの、聞いたことない。」と。

 

なるほど、一理ある。

 

結局、わたしは暇なんだろうって思う。他にやりたいことがあってそこに時間をかけたいと切実に願っているんだけど、家で1人きりで誰かに強制されることもない。

 

だからつい反芻思考してしまって疲れ切り、やりたいことがやれなくなってしまう。悪循環だよね。

 

歩いている時もやってしまうんだよね

そうそう、わたし、歩いている時にも思考がどっかに行っちゃって車に轢かれそうになったことが2度ある。

 

しかも1度は4歳ぐらいの子供の手を引いているとき。「これは本当に危ない」って思って極力歩くのを控えたこともあった。(その時の子どもは本当に多動で外出するだけで疲れ切っていた)

 

あとは、運転中に赤信号を無視して右折したこともある。あの時もまったく別のことを考えていた。道にちょっと迷って「どこで曲がればいいんだっけ?」と考えながら一瞬、全く違うことが頭に入ってきたように思う。

 

それは「こんなに何度も通っているハズの道で迷ってしまう自分で本当にダメだ」「なんでわからないんだろう。そう言えばあの時も…」って別のことが頭に浮かんでしまったんだった。

 

危ないよね。

止めたいんだよ、切実に。

 

ASD/ADHDなのかな?

書いてきたこの記事をざっと読みとおしたとき、少しだけ客観的になることができたそして思った。

 

わたしってASD/ADHDなのかな?

 

止めたいのに止められない

轢かれそうになってもやってしまう。

 

これって人口の何%ぐらいの人がやってしまうことなんだろう。知りたい。切実に。

 

異常なら異常でいいから診断されて思考を止めるお薬でも処方されたい物だ。心と体に負担がかかって日常にも支障をきたしているって思うよ。うん。

 

反芻思考で怒りは増幅していく

反芻思考で怒りは増幅していく。それがまたキツイ。体に負担がかかっているんだろうなと自覚がある。

 

私の怒りはだいたいが夫に対するもので、「あの時ああ言われた。こう言われた。」という小さな「チクっ」が怒りになり、反芻思考で増幅してしまいには憎しみや恨みに変わっている。

 

これは恐ろしいことだ。

 

恨みや憎しみが心に現れると、背中や腕が緊張し、呼吸が浅くなる。きっと顔も怒りの形相になっていることだろう。

 

一昨日ぐらいも夕食後に皿洗いをしながら、夫への不満が怒りに変わり最後には恨みに変わっていた。しかも何か月も(もしかしたら何年も)前のことだったはずなのに。

 

子ども達から見たら、

特に悪いことしてないし何も言ってないし、宿題もしてお風呂にも入ったのに母ちゃんが怖い顔になっている。機嫌が悪い。

ということになっている。

 

怖いよね。ごめんね、子ども達。

 

って思ってさらにへこむ。てか自己嫌悪。

 

反芻思考は本当にしんどい

反芻思考は本当にしんどい。これをやっと頭の外に出す事ができた。ちょっとはスッキリしたよ。

 

わたしは自分で自分に二本目の矢、三本目の矢を放っていたんだよね。

 

と、この本を読んでいて気が付いた。

「反芻思考は本当にしんどい」というのもこの本の小見出しだった気がする。

 

 

反芻思考のしんどさをわかってくれる人がいた!と明るい気持ちになった。そして「この本が助けてくれるのかも!」とも。

 

まだその続きは読んでいないんだけど。(読もうと思ったら『百冊で耕す』がamazonから届いたので先にそっちを読みました)

 

で、『百冊で耕す』を読み終えたので、とりあえずこの記事を書いてアウトプットして頭の中のキャッシュの削除をして、「無 最高の状態」に戻ろうかなと思う。

 

反芻思考を止める方法が見つかりますように!